さちこです。夫と姉の在宅介護を5年間続けてます。
ある日の夕方、いつものように夕食の支度をしていると、姉がぽつりと言いました。
「さちこ、ちょっと相談があるんだけどね。補聴器って、どう思う?」
一瞬、手が止まりました。
これまで私のほうから何度も切り出そうとして、でも言えなかった言葉。それを、姉のほうから口にしたのです。
姉から「補聴器を買いたい」と言われた日
テレビの音量より大きかった、姉のひと言
最近、テレビの音が少しずつ大きくなっていることには気づいていました。
「もう少し上げてくれる?」
そう言われるたびに、私はリモコンのボタンを一段ずつ押していました。
でもその日は違いました。
「このごろね、聞き返すことが増えた気がするの。みんなに悪いわよね」
姉は少し照れたように笑いながら、そう続けました。
テレビの音量よりも、そのひと言のほうが、私の胸には大きく響きました。
夫の後悔がよみがえった瞬間
その瞬間、夫のことが頭をよぎりました。
夫が何度も聞き返していたころ、私は「物忘れ」や「認知症」ばかりを疑い、聞こえの問題を後回しにしてしまいました。
もっと早く耳のことを考えていれば――。
あの後悔は、今でも私の中に残っています。
だからこそ、姉の口から「補聴器」という言葉が出たとき、驚きと同時に、どこかほっとする気持ちもありました。
今回は、私が無理に勧めたのではありません。姉自身が、自分の変化に気づいてくれたのです。
今回は焦らず、まず話を聞こうと思えた理由
正直に言えば、「やっと言ってくれた」という安堵もありました。
でも私は、すぐに「じゃあ買いに行こう」とは言いませんでした。
在宅介護では、どんな選択も“本人の気持ち”が何より大切だと、夫の介護で学んだからです。
「どうしてそう思ったの?」
「どんなときに聞こえにくいの?」
そう問いかけながら、姉の話をゆっくり聞きました。
聞こえの問題は、ただの不便ではありません。
会話や外出、家族との関係にもつながる、大切な土台です。
姉が自分から相談してくれたこの機会を、焦らず、丁寧に受け止めよう。
私はそう思いながら、姉の横顔を見つめていました。
高齢者の難聴はどれくらい多いの?
姉から補聴器の相談を受けてから、私は改めて「高齢者の難聴」について調べました。
なんとなく「年を取れば耳は遠くなるもの」と思っていましたが、数字で見ると、その現実は想像以上でした。
65歳以上の多くが難聴傾向にあるという現実
国内外の調査では、65歳以上の高齢者のうち、およそ3人に1人が何らかの難聴傾向を持つとされています。さらに75歳を超えると、その割合は半数近くに上がるという報告もあります。
つまり、「聞こえにくさ」は決して特別なことではなく、多くの高齢者が直面する変化なのです。
姉だけではない。そう思えたことで、私は少し冷静になれました。
難聴と認知症リスクの関係
近年は、難聴と認知症リスクの関連も指摘されています。
海外の大規模研究では、中等度以上の難聴がある場合、認知症の発症リスクが高まる可能性があると報告されています。
もちろん、「難聴=認知症」ではありません。
ただ、聞こえにくさによって会話が減り、外出が減り、人とのつながりが薄くなることが、間接的に影響する可能性があると考えられています。
夫の介護を思い出すと、この“会話の減少”がどれほど大きかったか、今ならよく分かります。
補聴器の装用率はなぜ低いのか
これほど多くの方が難聴傾向にある一方で、補聴器を実際に使っている人は決して多くありません。
理由としてよく挙げられるのは、
- 価格が高い
- 見た目が気になる
- 「まだ大丈夫」と思ってしまう
- 使いこなせるか不安
姉も最初は、「そこまでじゃないと思うのよ」と言っていました。
でも、自分から「最近ちょっと聞き取りにくい」と言ってくれたのは、大きな一歩です。
数字を知ることで、私は改めて感じました。
聞こえの変化は、誰にでも起こりうる自然なこと。
だからこそ、早めに向き合うことが、在宅介護を穏やかに続けるための土台になるのだと。
在宅介護と「聞こえ」が直結する理由
在宅介護をしていると、「聞こえること」がどれほど前提になっているかに気づきます。
私はこれまで、夫と姉、二人の介護を経験してきました。その中で実感したのは、聞こえは“生活の一部”ではなく、“生活の土台”だということです。
ここでは、私の体験と、一般的に指摘されている課題を重ねながら考えてみたいと思います。
服薬・安全確認は“聞こえる”前提で成り立つ
「お薬の時間よ」
「足元気をつけてね」
「今からお風呂に入ろうか」
在宅介護では、一日に何度も声をかけます。
服薬管理や転倒予防など、安全確認の多くは“言葉”を通じて行われています。
高齢者の事故原因として多いのは転倒ですが、注意喚起や危険の共有が聞き取りづらいと、それだけリスクは高まります。
姉もときどき、私の声に気づかず動き出すことがあります。悪気はありません。ただ、聞こえていないだけなのです。
聞こえにくさは、単なる不便ではなく、安全に直結する問題だと、私は日々感じています。
聞こえないことで増える介護ストレス
「さっき言ったでしょう?」
これは、私がいちばん言いたくない言葉です。
けれど、忙しい朝や疲れている夕方、同じ説明を何度も繰り返すうちに、つい感情が強くなってしまうことがあります。
難聴があると、会話の聞き返しが増えます。それ自体は自然なことですが、介護者にとっては小さな負担の積み重ねになります。
実際、在宅介護のストレス要因として「コミュニケーションの行き違い」を挙げる声は少なくありません。
私も、姉に強い口調で言ってしまったあと、自己嫌悪に陥ることがあります。
もし聞こえが少しでも補えるなら、介護される側だけでなく、介護する側の心も守れるのではないか。そう思うようになりました。
会話減少がもたらす孤立リスク
聞き取りにくさが続くと、人は自然と会話を避けるようになります。
何度も聞き返すのが申し訳ない。話についていけない。そんな気持ちが、少しずつ距離を生みます。
夫も、聞こえが悪くなったころから、家族の会話に入らなくなりました。うなずくだけの日が増え、外出も減っていきました。
近年は、社会的孤立が心身の健康に影響を与える可能性も指摘されています。
姉には、そうなってほしくありません。
聞こえを整えることは、単に音を大きくすることではなく、人とのつながりを守ることなのだと、私は感じています。
失敗しない補聴器の選び方【在宅介護向け】
姉から「補聴器を考えたい」と言われたとき、私はまず情報を整理することから始めました。
価格も種類もさまざまで、正直に言えば簡単な買い物ではありません。
在宅介護を続けながら無理なく使えること。それを基準に考えるのが大切だと感じています。
高齢者向け補聴器の種類(耳かけ・耳あな・ポケット)
補聴器には主に次のようなタイプがあります。
- 耳かけ型:耳の後ろにかけるタイプ。操作が比較的しやすく、調整の幅が広い。
- 耳あな型:耳の中に収まる小型タイプ。目立ちにくいが、細かい操作が必要なこともある。
- ポケット型:本体をポケットに入れて使うタイプ。ボタンが大きく、高齢者でも扱いやすい場合がある。
姉は指先の力が少し弱くなってきています。ですから私は、「目立たないこと」よりも「扱いやすさ」を優先したほうがいいと考えました。
在宅介護では、毎日無理なく使えることが何より重要です。
片耳と両耳どちらがいい?
費用を考えると、まずは片耳から…と考える方も多いと思います。私もそうでした。
一般的には、両耳装用のほうが音の方向感がつかみやすく、聞き取りが安定しやすいとされています。
ただし、いきなり両耳だと違和感が強く、使わなくなってしまうケースもあると聞きました。
大切なのは「続けられるかどうか」。
姉の場合は、まず片耳から試してみて、慣れてから検討する方法も現実的だと感じています。
集音器との違い
最近は通販などで手頃な価格の「集音器」も見かけます。
集音器は周囲の音をまとめて大きくする仕組みが多く、医療機器ではありません。一方、補聴器は医療機器として認可され、個々の聴力に合わせて細かく調整できる点が特徴です。
テレビの音や生活音が一斉に大きくなると、かえって疲れてしまうこともあります。
価格だけで決めるのではなく、生活の質をどう保ちたいかを基準に考えることが、後悔を減らすポイントだと思います。
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補聴器の費用はいくら?助成金は使える?
補聴器を検討するうえで、どうしても気になるのが費用です。
姉も「高いんでしょう?」と心配そうに聞きました。私も同じ気持ちでした。
平均価格と相場感
補聴器は基本的に保険適用外で、全額自己負担となります。
価格帯は性能によって幅がありますが、一般的に片耳で10万円前後から、両耳で30万円以上になることもあります。
決して安い買い物ではありません。
だからこそ、「試聴ができるか」「アフターケアがあるか」といった点も含めて検討することが大切です。
医療費控除の対象になる条件
補聴器の購入費は、一定の条件を満たせば医療費控除の対象になる場合があります。
医師による診療や意見書が必要になるケースもあるため、事前に確認しておくと安心です。
確定申告の際に申請することで、税負担が軽くなる可能性があります。
自治体の補助金制度の調べ方
自治体によっては、高齢者向けに補聴器購入費の一部を助成する制度を設けている場合があります。
対象年齢や所得制限など条件はさまざまですので、市役所や福祉課に問い合わせるのが確実です。
私も一度、窓口で相談してみました。知らなければ使えない制度があることを、そのとき初めて知りました。
費用が理由で先延ばしにする前に、利用できる制度を確認すること。
それが、在宅介護を無理なく続けるための一歩になるのだと思います。
親が補聴器を嫌がるときの向き合い方
在宅介護では、親や高齢者が補聴器を嫌がる場面によく出会います。姉も最初はそうでした。
「まだ大丈夫」「目立つから嫌だ」
こうした言葉の裏には、プライドや不安、老いを受け入れたくない気持ちがあります。
プライドを傷つけない伝え方
大切なのは、説得ではなく気持ちを尊重することです。
「危ないから」「聞こえてないよ」と指摘するのではなく、こう伝えます。
「最近、私も聞き返されると寂しいなって思うの。もっと普通に会話を楽しみたいな」
本人を責める言い方ではなく、自分の気持ちを共有する形に変えるだけで、プライドを傷つけずに済みます。
本人から相談してもらうためにできること
補聴器は「買う」ことが目的ではなく、「生活を快適にする道具」です。
試聴や貸出サービスを紹介することで、本人が自分の意思で相談しやすくなります。
・「ちょっと試してみない?」と軽く提案する
・日常の困りごとに合わせて話題を出す
・見た目や操作の不安を先に説明する
こうした工夫を積み重ねることで、自然に本人から「考えてみようかな」と言ってもらえるようになります。
在宅介護では、焦らず本人の気持ちに寄り添う姿勢が、結局一番の近道です。
まとめ|聞こえを守ることは、在宅介護を守ること
姉から「補聴器を買いたい」と相談されたあの日。
私は正直、少し驚きました。これまで勧めても曖昧な返事だったのに、今回は姉のほうから言い出したからです。
きっと、テレビの音量のことも、聞き返しが増えたことも、自分なりに気にしていたのだと思います。
在宅介護では、「聞こえ」は見落とされがちなテーマです。
でも実際は、服薬確認・インターホン・火の元・電話対応――
生活の安全は“聞こえること”を前提に成り立っています。
さらに、会話が減ることは孤立を生み、家族間の誤解や衝突を増やします。
聞こえにくさは、単なる加齢現象ではなく、生活の質(QOL)に直結する問題です。
家族としてできること
大切なのは、無理に勧めることではなく、「一緒に考える姿勢」だと感じています。
姉にとって補聴器は、“老いの象徴”ではなく、
これからも自分らしく暮らすための道具であってほしい。
そう思えるような伝え方を、私はこれからも探していきたいと思います。
在宅介護は、長い道のりです。
だからこそ、聞こえを整えることは、介護を続ける力を整えること。
補聴器は贅沢品ではありません。
家族の安心を支える、生活インフラのひとつなのだと、今は感じています。
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